刺繍文字盤の進化
”鳴り物”、”動力”と続けてきましたPre-バーゼル時計の私的注目時計ですが、最後は”工芸文字盤”部門でしょうか。
2年前のバーゼル後に、「Mademoiselle Privé (=マドモワゼル・プリヴェ)」と名付けられたChanelの宝飾文字盤シリーズを紹介しましたが、その際はシリーズのジャパニーズ・テイストについ目を奪われ、「螺鈿」や「蒔絵」といった和風技巧の紹介で終わってしまったのですが、実はもうひとつ紹介し忘れていた技法があったのです。
それはなんと、・・・・・「刺繍」です!
フランスのオートクチュール界で絶大な存在感を放つ刺繍アトリエ「ルサージュ」とのコラボレーションによって誕生した、(たぶん)史上初の、”絹文字盤”です。
(以下、ChanelのHP http://www.chanel.com より引用)
「およそ1世紀にわたって、刺繍のアトリエ「ルサージュ」は、オートクチュールやプレタポルテを手掛けるすべての有名メゾンに刺繍技術を提供しています。「ルサージュ」のノウハウが、腕時計の文字盤の製作に使用されることは今回が初めてのことです。前例のないコラボレーションは、メゾンの伝統的なノウハウを凝縮した細密画の中に、完成度の高いカラフルな作品を生み出しました。
カメリアの花は、「ニードル ペインティング」という技法でシルク糸を用いて描かれています。漆黒のシルクの背景の上に、刺繍のラインが色彩のグラデーションを用いてカメリアの花のフォルムを描き出します。ひとつとして同じものはない刺繍は忍耐を要する制作作業によって生み出され、刺繍職人たちの自由な創造性を見ることができます。 」
下の画像の左が2013年の「カメリア」、そして右の2つが2015年の進化形ヴァージョン「カメリア・ルサージュ」です。
(右上=)18Kイエローゴールド ケースにブリリアントカット ダイヤモンド60個 (約1カラット)。ルサージュによる刺繍ダイヤル(イエローゴールドとシルクの糸)、ローズカット ダイヤモンド、イエローゴールドとホワイトゴールドのパイヨン装飾。5時位置の針は18Kイエローゴールド。
(右下=)18Kイエローゴールド ケースにブリリアントカット ダイヤモンド60個 (約1カラット)。ルサージュによる刺繍ダイヤル(イエローゴールドとシルクの糸)、イエローゴールドとホワイトゴールドのパイヨン装飾、パール。5時位置の針は18Kイエローゴールド。
その創作の工程の画像です。
刺繍の文字盤・・・他技法との組み合わせなど表現の自由度はエナメルよりも拡がりそうですし、瞬間的な焼成が必須なエナメルと異なり、時間をかければかけるほど重厚さを増す技法だけに、今後の進化が期待できるかもしれません。
そして奇しくもシャネルの刺繍文字盤発表と同じ2013年、これまたファッション系のDiorからも、革新的なデザインの時計が発表されておりました。
自動巻きのローターを時計の表に持ってきたうえに、通常は21K などの金属で作られるそのローター素材を、羽や布や糸に換え、まるで女性のオートクチュール・ドレスのプリーツのようなニュアンスを持つ作品、Dior VIII(ディオール ユイット )を世に送り出したのです。
当時、時計ファン側ではさほど話題になりませんでしたが、あれから2年が経ち、最近の機械式時計シーンでの裏と表の境をなくすデザインの流行などもあって、
更なる進化を遂げたこのDior VIIIは、今年のバーゼルで注目に値する存在になるのではないでしょうか。
今年のディオールのテーマは”カラフル”とのことで、明るく軽い色使いになったこのDior VIII以外にも、ダイヤセットなどの宝飾工芸に意欲的な文字盤が多数発表される予定のようです。下の画像はMOPベースにホワイトゴールドの彫金とダイヤを合わせたもの。
さて昨今、機械的にはそれほど進化が”発明できない”高級時計ブランドにとって、エナメル・ダイヤルなどの宝飾文字盤が、新作のキーワードとされることなどが多くなってきていますが、本来の機械の面ではなく、デザインや宝飾の面で目を引くことばかりに血道をあげていると、今回紹介したシャネルやディオールのように、もともと宝飾や工芸のプロフェショナルであるファッション系ブランドに足元をすくわれることになりはしないか、ちょっと心配な部分もあります。
たとえばU-boatなどという、いかにもドイツっぽいネーミングのくせにイタリア・ブランドの(笑)、どう考えてもミリターリーすなわち、黒文字盤+蛍光針的な武骨一本槍が売りのブランドまで、今年の新作にMOP採用なのです!! マジですか??? 本気ですか??? 爆笑を通り越して心配ですらあります。
ところが、そんな心配の中、
機械式ブランド側から、あえてファッション系の「刺繍に挑戦しちゃう」豪傑が登場しました!
それはビッグばぁぁぁぁぁ~ンな、HUBLOTです。
古くは15世紀から織物・繊維産業で繁栄を遂げた東スイスの古都ザンクト・ガレン(St. Gallen:セントガレン)の伝統工芸であるザンクト・ガレン刺繍をモチーフに、しかもやるなら徹底してということでしょうか・・・、
カーボンファイバーに金糸・銀糸を駆使したコンビネーションでスカル紋様を刺繍、 ロジウムプレートのアプライドインデックスに11個(0.20ct)のダイヤモンドをセットしたうえに、さらにベルトも同じ素材で刺繍なのはもとより、ベゼルまで刺繍をやっちゃっています!
自分で書くのはもうしんどいので、興味ある方はココへ → http://www.hublot.com/ja/originals/bar-refaeli
それぞれ200本の限定です。
創業から100年以上の年月を経たブランドが懐中時計時代に培ってきたものの、現代では途絶えてしまったような工芸技法を復刻させ、それを腕時計に反映させていくのは、何か美しい歴史物語を読むような心地よい共感を覚えていたのですが、最近、誰も彼もが本業の機械式時計の追求以上に、工芸文字盤や彫金ケースの開発に熱心なのは、ちょっとばかり安易な方向なのではないかしら、という私的疑問の中、一方で、これら工芸の地平での闘いとなれば、ファッション系ブランドや、もともとノウハウを持っている宝飾系ブランドが強いのは自明でありますので、今回はそんなブランドからの文字盤装飾の最前線をまとめてみました。
でもまぁ、美しいものを見るのはそれなりに愉しみなわけですが。。。。できることならば、時計ブランドは時計本来の機構や、時計機構にとって必然的なデザインをテーマとして、たがいに切磋琢磨して欲しいと思うのでありました。