a-ls 時計(Mechanical Watch Users News) blog.

alszanmai.exblog.jp

<   2010年 11月 ( 2 )   > この月の画像一覧

No.42500 よもやま話 ②

修復チームの責任者、ヤン・スリーヴァさんから聞いた話

No.42500の裏蓋を開けた時は衝撃的だった。
なぜなら、機械のほぼ全面が固形化した油のようなもので覆われていたからだ。
どうやら、長年地下室に置かれていたことでムーヴメント上に腐食が始まったため、何者かがそれを止めようと(所有者の老婦人は否定していますが)、よりによって食用油を注入したことが原因と思われている。

b0159560_2333058.jpg


もっともダメージを受けていたラトラパンテ機構を復元するため、修復チームはまずギアを削る機械をつくり、そして歯車を自作したのだが、そのもっとも複雑な歯車は山が300あるものであった。
非常に長い月日と細心の注意をかけてスリーヴァ氏はそれを作り終えたのだが、いざ確認をすると、ギアの山が1つ足りないことがわかった。それが判明した時、ヤン・スリーヴァ氏の同僚が真っ先にしたことは、仕事場の窓を閉めることだった。なぜなら彼は、スリーヴァ氏が怒りにまかせて時計を窓から投げ捨てるか、スリーヴァ氏自身が身を投げるか、ともかく良くないことが起きると想像したのだ。

b0159560_1323184.jpg


試験の結果、299山でも動作上は問題ないことが判明したが、スリーヴァ氏は一晩寝ずに考え、先人への敬意を表するためにも、やはり300山で作り直すべきだという決意をし、また新たな数か月の作業に入った。
ちなみに、新たに作り直した部品はそのすべての裏面に、作りなおした年号を入れ、どれがオリジナル部品かすぐわかるようになっている。

最初に書いた食用油の効果により、ゼンマイはボロボロで修繕不能な状態だったが、このNo.42500のゼンマイは強力なトルクの力を生み出すため、通常よりも幅広な特別規格のものが用いられており、しかもそれは現在の機械では作ることができない特殊なものだった。スリーヴァ氏は懐中時計マニアの伝手をつかって、ようやくこの特別規格の予備ゼンマイの持ち主を探しだしたのだが、相手も相当なマニアだけに足元をみられ、結局、スリーヴァ氏自らがコレクションしていたかなり貴重な懐中時計ムーヴとトレードせざるを得なかったという。

b0159560_1315923.jpg


More・・・つづく
[PR]
by a-ls | 2010-11-15 01:32 | ビンテージ | Trackback | Comments(0)

No.42500 よもやま話 ①

b0159560_15194865.jpg


みごとに修復を終えたNo.42500ですが、下の写真は、No.42500が作られた直後(1902年)に撮影された貴重な写真です。

b0159560_151614100.jpg


最初の所有者はウイーンの貴族ハインリッヒ・シェーファー。特注で作られたものです。
1845年の創業から、生産ラインを軍用時計に切り替える第二次大戦までの約100年の間に、ランゲはおよそ10万個の懐中時計をつくりました。
その中で、このNo.42500は最も多くの機能を搭載し、しかも、史上ただ一個しか作られなかった複雑時計でもあります。
Martin Huber の著作で、Lange製作の全複雑懐中時計を機構別にリスト化した「Die Lange Liste」でも、このクラスの時計(グラン・ソヌリ、プチ・ソルリ、無音切り替え可能なミニッツ・リピーター&フドロワイアンテ付ダブルスプリット・クロノグラフ&永久カレンダー付きムーンフェイズ時計)はNo.42500ひとつであることがわかります。

b0159560_15215199.jpg


このひとつ下のクラス、No.42500から“aiguille foudroyante(フドロワイアンテ)”を除いたものは、1901年から1928年までの間に、全部で9個が製作されています。

b0159560_15235246.jpg


驚くべきことは、この下のクラスの初号機No.41277が作られた1年後の1902年に
No.42500が製作されていることです。しかも、それ以降、No.42500と同等クラスの懐中時計が作られることはありませんでした。
1901年に作られたNo.41277は販売価格3900マルクですが、その一年後に製作されたこのNo.42500は、なんと5600マルクなのです。この価格差をみる限りにおいても、“フドロワイアンテ”の機構の大変さが想像されます。

ちなみに、今回来日された時計師ヤン・スリーヴァ氏によれば、当時の5600マルクとはドレスデンに別荘が一軒買えたくらいの金額だそうです。
試みに、当時のマルクがどのようなものかを知る目安として、貴族でなければなかなか買うことのできなかった通常のランゲ懐中1個の価格を調べてみました。

1Aで450マルク、1Cで250マルク、普及用モデルのDUFで130マルクくらい。
(わたしの手元にあるアーカイヴ1900年~1910年製作時計での平均値)ですから、このことだけでも、その高額ぶりがわかります。

b0159560_1549425.jpg


3~4年ほど前、この下のクラス9個のうちの1つ、No.46177がクリスティーズに出品された際のカタログの1ページです。4~5ページを費やして、貴重性や機能を説明してありました。
おぼろげな記憶ですが、最終的にはだいたい85万ユーロくらいで落札されたのではないかと記憶しております。

More・・・つづく
[PR]
by a-ls | 2010-11-04 16:06 | ビンテージ | Trackback | Comments(0)