a-ls 時計(Mechanical Watch Users News) blog.

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カテゴリ:雑記( 85 )

チマタで流行りの・・・・

みなさん、(小声で)こんばんは。
草木も眠る、丑みつ時。でも時計は動いてる。。。。。



WATCH MEDIA ONLINEも、よーやく浸透してきたようで、ここを覗かれる閲覧者も減ってきましたです。
う、ふふふふふ。
実はこの時を待っておりました!
WATCH MEDIA ONLINEとは別に、ここでは不定期な独り言や、
ニュースサイトにはちょっと合わないような事をしたためていこうかなどと思っております。
やはり、「TVでみた○○○○」のシリーズとかは、あそこでは難しいし、

たとえば、こんな投稿はWMOではできないから・・・・



只今、チマタで流行りのPPAP、
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でもでも、実はコレホントのPPAP!!!

      うー!!
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もちろん皆さん、WATCH MEDIA ONLINEを、宜しくおねがいします!!
コメント書いてくださいよ~! 時計オフ会とかに呼んでくださいよ~!


では、おやすみなさいませ。


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by A-LS | 2016-12-06 00:15 | 雑記 | Trackback | Comments(3)

納涼



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風流な

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ひと夏の経験w


お世話になりました



























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by A-LS | 2016-07-31 20:25 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

ブランドとマインド



この数日間、
畏れ多くも世界三大時計ブランドを股にかけた、
本当に良い体験をさせていただいた。
ただ、約束があって、ブログに書けるものと書けないものがある。


イベント、パーティ、発注、新技術開発・・・・内容はいろいろだが、つくづく思うこと、それは・・・
良いメゾンは、チームおよびスタッフのマインドがほんとうに素晴らしいということだ。
信頼のおけるスタッフは、ユーザーと向き合う時、愛を持って時計を語っている、たとえ自社製品以外でもだ。

書けるものは、おいおいまとめていこうと思う。




ふと思う。
誰れの言葉だったか。


『この世のミニッツ・リピーターは2つに分けられる。
Patek Philippe のリピーターと、それ以外のリピーターとにだ!』


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けだし名言である。
5016の音などを聞かせていただくたびに、それは胸に染み入る。
19世紀からずっと、ミニッツ・リピーターの頂点を極め続けているパテック・フィリップの作品、
およびその姿勢、そしてマインドが、間違いなく素晴らしいことを、昨日、改めて実感することができた。







ただ、ミニッツ・リピーターという枠組みから、
構造上とび抜けてしまったものはいる。



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もはや別物というべき、スーパーソヌリだ。


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”ルールを壊す”ということをスローガンとするブランドの挑戦、
そこに、無限の可能性を感じることができた・・・。





ニュースサイトへの移行準備などに時間がとられ、
週末はなかなか書く時間がみつからず、今日はここまで。。。。。
















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by A-LS | 2016-07-11 03:58 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

うぉっちたいむさん、ありがとう。



過日、行きたくて行きたくて行きたく行きたくて行きたくて仕方なかった催事があったのだが、のっぴきならない急用のため列席すること能わず、
そこで別日に別会場で同内容の催事があると知り、お願いしてお願いしてお願いしてお願いしてお願いしてお願いしたのだが参加すること叶わず・・・・。ああ、無常哉。。。。。。。
ここまでの自分の時計趣味の道程で、とりわけ熱く勉強して勉強して勉強して勉強して勉強してきたのは、七宝と、時打ちに関して。
それほどの熱情を注ぎきたるにもかかわらず、この催事に立ち会えない自分が不甲斐なく口惜しく、その歯がゆさゆえ時計が事を考えることさえ辛く、しばし時計について書くことを辞めたくなるほど脱力したこの数週間であった・・・。

しかし、捨てる神あらば拾う神あり。

”America's No.1 Watch Magazine”を謳い文句とする時計雑誌「WatchTime」さんが、
June 19, 2016付のウェブ記事で、独逸にて行われた概念的にとても近い内容の催事の音部分を公開してくれたではないか!


わが国のものとまったく同じ内容・切り口とは言えないかもしれないが、その情報公開の姿勢があまりに有難いので、感謝の気持ちを込めて「WatchTime」最新号の表紙写真と定期購読申込ページのURLまで載せて、雑誌の宣伝・販売まで協力してしまうぞ!!
http://www.watchtime-shop.com/subscription/all-access-subscription.html?utm_source=website&utm_medium=banner&utm_campaign=allaccess


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ま、おふざけはこのくらいにして、以下、引用。
文責は
Patek Philippe has not only been a driving force in re-introducing minute repeaters during the last 25 years; the family-owned watch company also offers one of the larger, if not the largest, selection of men’s and ladies’ minute repeater wristwatches in its current collection. The company states that it takes a watchmaker 200 to 300 hours to assemble a minute repeater and that every finished timepiece, even if it’s the same watch reference in the same metal case, will sound subtly different. Also, every single watch is personally checked by the Patek Philippe’s President Thierry Stern before leaving the manufacture.


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Our colleagues from WatchTime.net (WatchTime’s sister publication in Germany) recently had the rare opportunity to watch six minute repeaters from Patek Philippe in action. All of them chime three distinctly different sounds: the hours are signaled by a low tone, the quarter-hours by a sequence of two tones, and the minutes by a high tone.


As you will see below, the time is struck by small steel hammers on different gongs (the watches were set to a time shortly before 1 o’clock in order to produce the maximum amount of chimes, and thus auditory enjoyment). Here are videos of all six references, along with pricing and specs.



Patek Philippe Ref. 5074R-012 in rose gold
(CHF 597,200.00), automatic movement, Caliber R 27 Q; perpetual calendar with day, date, month, leap year, moon-phase and a.m./p.m indication; case diameter: 42 mm.





Patek Philippe Ref. 5207/700P-001 in platinum (CHF 826,400.00), manually wound movement, Caliber R TO 27 PS QI; perpetual calendar with tourbillon, day, date, month, leap year, moon-phase display and day/night indicator; case diameter: 41 mm.




Patek Philippe Ref. 5078P-001 in platinum (CHF 398,100.00), automatic movement, Caliber R 27 PS; enamel dial; case diameter: 38 mm.




Patek Philippe Ref. 5073P-010 in platinum (CHF 749,300.00), automatic movement, Caliber R 27 Q; perpetual calendar with day, date, month, leap year, moon-phase and 24-hour display; case diameter: 42 mm.





Patek Philippe Ref. 5304R-001 in rose gold
(CHF 639,100.00), automatic movement, Caliber R 27 PS QR LU; perpetual calendar with retrograde date hand; case diameter: 43 mm.





Patek Philippe Ref. 5217P-001 in platinum (CHF 881,500.00), manually wound movement, Caliber R TO 27 PS QR; perpetual calendar with tourbillon, retrograde date hand, and moon-phase; case diameter: 39.5 mm.





引用は下記URLから。
http://www.watchtime.com/wristwatch-industry-news/technology/6-patek-philippe-minute-repeaters-in-action-video/?utm_source=WW+6-25-16&utm_campaign=WW+6-25-16&utm_medium=email



似た内容の展示が全世界規模で行われていることを考えると、
今後、同社のミニッツリピーターの位置づけがよりオープンなスタンスに代わっていくことを意味するのかもしれない。


これはまた別の記事にしようと思うが、不景気や高額品の頭打ちを予想している時計業界にあって、文字盤やケースなど時計デザインの工芸化とリピーター機構は、新素材革命と並んで非常に重要な選択肢と考えられているはずなので、この分野での新製品にはこれまで以上に特別な注目が注がれることになるだろう。















































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by A-LS | 2016-06-26 07:23 | 雑記 | Trackback | Comments(1)

ドイツ・物づくり①~ ライカ


BS日テレの「ブランドヒストリー」という番組を観た。
観たといっても、5年前に録画したものだ。5年前と言えば、東日本大震災による原発の問題に心を砕いていたこともあり、録っぱなしで放置した番組がHDDの中にけっこう眠っていたりするのを、最近少し整理している。
文字通り、歴史あるブランドを取り上げる番組だが、録画してあったのはドイツを代表する光学機器ブランド、「Leica」の回だ。


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なかなか良い番組だったが(2012年3月に放送終了)、37回の放送中でドイツ・ブランドは「ファーバーカステル」「ツヴィリング J.A. ヘンケルス」「メルセデス・ベンツ」、そしてこの「ライカ」の4社のみだった。ちなみに第1回はスイスのパテック・フィリップ。ま、さすが…である。

以前、「日本の物づくり~真葛焼・宮川香山とランゲ 」というテーマを書いたときに、次は「ドイツ物づくり」というテーマで日本とドイツの物づくりを比較してみたいと思っていたのだが、この番組を観ているうちに、なにかもっと根源的なものに心を揺さぶられた気がしたのである。

良いものを生み出し、またそれを究極にまで極める。その良さや素晴らしさは人づてに広まり、結果としてそれは売れる。この自然な循環を作るため、職人は精を尽くし魂を込めて製品(作品)を作ってきた。たぶんわたしは、そしておそらく多くの機械式時計の愛好家も、その伝統を今に受け継ぐ”作品”が好きなのだ。
ところが情報が溢れる現代の社会は、17~19世紀とはまったく転倒したプロセスによる物づくりを可能にしてしまった。すなわち、売ることや利益を得る計画のうえで製品(商品)が生まれ、宣伝や販路によって売る環境が整えられ、最終段階としてそこに製品(商品)が投入されている感が多分にある。ランゲとてその例外とは言えない。

アドルフ・ランゲとリヒャルト・ランゲの時代にグラスヒュッテに起こったことと、1914年以降にオスカー・バルナックがウェッツラー興したこと、その根源にある職人的熱情は非常に似ている。”まだこの世には存在していないが、絶対に人々に受け入れられると信ずる物を創り、しかもそこに可能な限り美しい機能美を持たせて存在させる”という、おそらく、ドイツ物づくりの根幹はその辺にある気がする。

ランゲもそうだが、工房で働く方々は実に素朴で、実に純粋に物づくりに情熱を注いでいる。
ある段階までは、その物づくりがすべての心臓部分なのだが、ある段階から、別のシステムがその心臓部を制御し始める。
物づくりを純粋に楽しみたいと願い、そこに直につなりがりたいと思っても、物づくりとわたしたちのとの間に、いくつものフィルターが入ってくるのは、もはや仕方ないことなのだろうか・・・、てなことを、5年前の番組を観て思った次第(笑)。


とりあえず、簡単に番組の内容を紹介しよう。

番組はフランスのブルゴーニュ地方のはずれ、人口4万6千人ほどの小さな町シャロン・シルソールから始まる。
なぜなら、1826年に世界で初めて写真を撮った発明家ジョセフ・N・ニエプス(1765~1833)の、その記念すべき最初の写真「ル・グラの自宅窓からの眺め」で写された光景が、この町にあるからだ。

そしてカメラの歴史を語る上で、近代カメラの祖であるこのニエプスのカメラと同じくらい、つまりファースト・ワンと同等なほど画期的で重要な発明が、ライカの名機「ウル・ライカ」だと言われている。

どこがそれほど画期的だったというと、それまでのカメラは大きくて重たいのが普通で、被写体はカメラの前に立ち、撮影技師が暗幕をかぶって撮影していた。このカメラ位置の画角では被写体が真正面となることがほとんどだった、
それに対し「ウル・ライカ」は、軽くて自由に持ち運びできる現在のカメラの元祖であり、これによってどんな場所でも誰にでも撮影できるようになり、まさに写真の在り方を変えたといわれる歴史的な発明なのである。

番組ではそのことをこう評していた。
「突然目の前に現れる決定的瞬間、それは持ち運ぶだけで一苦労の大きなカメラで押さえることは不可能。しかし、ライカがその不可能を小型軽量化により可能にしたのです。そう、ライカは、写真の歴史を、そして写真という概念そのものを、大きく変えたブランド。これこそが、トップブランドに君臨する理由だったのです。」

以下、『人と写真との関係を変えたライカをめぐる物語』が語られていく。

フランクフルトから北へ車で一時間、18世紀から望遠鏡のレンズ作成など光学機器の工房が集まり、品質的にも世界のトップに立っていたレンズの町、ウェッツラーで、ライカは産声をあげた。ちなみにここは、ドイツを代表する作家であり哲学者、ゲーテが青春時代を過ごした町でもある。

1911年のドイツ。
顕微鏡や双眼鏡の製作で有名だったこの町の大手光学機器メーカー、エルンスト・ライツ社に、光学技師オスカー・バルナックが転職してきた。
体の小さかったバルナックは、当時のカメラが乾板式フィルムを使った大きな箱型で三脚も必須な重たいものだったため、軽くて持ち運びに便利な小さいカメラを作りたいと思い立ち、自分が務めていた(これまた現在でも高名な光学機器メーカー)カール・ツァイス社でプロトタイプを提案したのだが、受け入れられなかったための転職だった。
エルンスト・ライツ社はバルナックの発想を認めて開発が開始され、1914年、バルナックは映画に用いられていたネガ・フィルムを写真用に流用するという画期的なカメラを制作した。これが世界初の(フィルムから引き延ばしても写真の画質の荒れが少ない) 35mmコンパクトカメラ、「ウル・ライカ」だ。


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※すべてのライカの、というより、すべてのコンパクトカメラのルーツ「ウル・ライカ」(ライカHPより、以下同じ)と、オスカー・バルナック。
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ただし「ウル・ライカ」はあくまで試作品で、2台が作られたのみ。もっと言えば、この時点では「ライカ」という名前も生まれてはいない。
次なる転機は1920年に訪れる。
『社主のエルンスト・ライツ1世が亡くなり、跡を継いだエルンスト・ライツ2世(Ernst Leitz II )がウル・ライカに着目、改良を加えさせた。折しも大不況の中、社内会議で発売中止に傾く中、エルンスト・ライツ2世はこれを製造に移すと宣言し、「ライツのカメラ」(Leitz Camera )との意で「ライカ」と名付け、1925年に市販一号機ライカIを生産、販売することになった。※(この部分は番組のナレーションが正確さを欠いたためウィキペディアより引用)
それまでの写真はフィルムと同寸の印画紙に転写するのが主流であったが、ライカはフィルムが小さく引き伸ばしを前提としたため、当時一般的でなかった引き伸ばし機がシステムの一環として販売されていた。やがて、フィルムが小さく拡大時に解像度が荒れる難点を、撮影時にレンズを使って被写体を大きく取り込むという逆の発想で解決し、さらに用途に応じた効果や倍率をもつ取り換え可能レンズをライカ共通の仕様で次々と発表し、報道写真、芸術写真など、ライカのカメラとレンズによって写真の表現は様々に展開していくことになる。

ちなみに、フィルムが36枚撮りだった理由、それは暗室の中でメジャーを使えないため、バルナックが両手を広げた長さがフィルムの長さと決められたことによる。それがたまたまフィルム36コマ分だったのだ。

番組はここからライカで働く職人たちにスポットをあてる。

『シンプルで無駄のない佇まいがドイツならではの堅実さを映し出しているかのような本社の、まず工場内の風景。
最新鋭の機械を使いフル回転させているかと思いきや、総て人の手によって作られている。
小さなネジで液晶画面を固定するのも、電子部分の色付けといった繊細な作業もすべて人力であり、ファインダーの調整は人の目によって行われる。こうした地道な確認の積み重ねが比類なき高品質のカメラを生んでいる。』

番組はここで、ライカで働く人々が語る”ライカの魅力”をまとめる。

まず、本社に勤務する日本人の開発マネージャーが語る。
『ドイツ人の人件費は世界一高いと言われているが、そのドイツ人がレンズの枠に墨を塗るという作業を一生懸命やっている。そのレンズもすべて一磨一枚チェックしていく。普通はサンプルチェックといって、抜き取り式検査なのですが、ライカの場合は常に全数すべてチェックするんですね。そういう手間かけ方が、普通のコンシューマー製品と全然レベルが違うんですね。ですから工場見学に来ていただくと、たいがいのお客様は『ああ、ライカがどうして高いのかわかりました』とおっしゃっていただけます』。
200~250ある組み立て工程、総てが手作業。工業製品でありながら、どこか人のぬくもりを感じさせるのはこうした手作業の賜物であり、こういうところはランゲをはじめ、高額ドイツ製品に共通する職人的(かつ頑固な)姿勢だ。

続いて開発部長のステファン・ダニエルがライカの魅力を語る。ま、ランゲでいう、デ・ハースね(笑)。
『ライカの魅力としてまず挙げられるのは、カメラが頑丈というところだ。見てくれ、これはベトナム戦争の時、カメラマンの身代わりに銃弾を受けた当時のライカだが、球を跳ね返しているのがわかるかな。さらにご覧のように、まだ使えるっていうところがすごいだろ。』
『小型のカメラの登場で、撮られる人が非常に自然な表情を見せるようになった。暗幕をかぶるそれまでの大きなカメラでは、撮影者の顔が隠れて機械しか見えないが、ライカだとカメラを構えながらも、互いの顔がわかりコミュニケーションが取れる。これこそがライカの一番の発明だったのかもしれない』

さらにカスタマーサービス部長。
『ライカの魅力は、ほぼすべての年代のカメラを修理できることです。どれだけ古くなっても直せるので一生使っていただけます。』
そしてカスタマサービスセクションが紹介される。
技術を伝承する70名のスタッフ、あらゆる時代の修理用の部品が約500万パーツ、古い時代のカメラのための当時の工具や計測器までが揃っており、未来永劫どんな機種でもライカを使い続けることを保証している。『単なるメーカではなく、ブランドであるという誇りの成せる技だ。』と番組は言う。

これは高級機械式時計のブランドにはほぼ共通する姿勢であるが、最後に登場したスポーツ・オプティックスのシリルは、何とライカの魅力を時計に例えるのである!

『ライカを買うということは、パティック・フィリップの時計を買うようなものです。それは将来への投資と言えると思います。あなたが買ったライカは、あなたの息子、そのまた息子が受け継いで、使い続けられます。それは長期的な投資と言えますし、これはある種、宝石とも言えるのです。そう、ライカは永遠に使い続けることのできる奇跡のプロダクトなのです。』

まぁ~! なんでランゲ&ゾーネと言ってあげないのか(笑)!!
ま、でしょうね、歴史的にも資産価値的にも、例えるならパテックなんでしょね。


そして番組はこのコーナーをこう締めくくる。
”最新がすなわち最高というわけではない”
ライカはカメラのみならず、広く工業製品全体に新たな価値観を提示したのです』。
これもまた時計と等しい姿勢である。




ライカに関するさらなる情報は、
http://jp.leica-camera.com/
※ヒストリーにご興味のある方は、HPのトップから、ライカの世界-最新情報/ライカフォトグラフィーの100年/ライカのカメラ誕生100周年。
と辿ると資料や画像が見られます。





なお次は、また違った意味で非常にドイツ的なブランド、ヴァ―レンドルフに触れてみたいと思っています。































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by A-LS | 2016-06-06 17:35 | 雑記 | Trackback | Comments(2)

TVでみたグラスヒュッテ


TVでみたシリーズ最新作、「TVでみたグラスヒュッテ」!

”グラスヒュッテ”、といってもグラスヒュッテ・オリジナルを着用しているタレントさんを見たとか、ではない。

先月にWOWOWで放映された「ブラジルから来た少年」という映画を見ていた時、突然に眼前に見慣れた文字が!!

そのシーンがコレだ。




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GABLER GLASHUTTE (ガブラー グラスヒュッテ)だって!!


まず、この「ブラジルから来た少年」という映画の説明をちょっとしておこう。
これは1976年にアメリカの作家アイラ・レヴィンが発表したサスペンスを下敷きに映画化したもので、1978年に公開されたが、いろいろあって日本では未公開だったもの。アメリカ・イギリス合作映画だが、実にドイツなテーマが扱われている。

名作として現在でもDVDで入手することができるが、そのジャケットからして、コレだもの(笑)。



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1978年と言えば、アイヒマン裁判とかが凄くリアルだった時期で、まだドイツ戦犯が世界各地(特に南米)に潜伏しており、ナチハンターと呼ばれる人々やイスラエルの諜報機関がホロコーストに加担し戦後に身を隠した旧軍人・軍属を追求していた。
そうした状況を背景に、グレゴリー・ペック扮する旧ナチスのマッド・サイエンティスト、ヨーゼフ・メンゲレの恐るべき企みを知ったナチハンター、演ずるはローレンス・オリビエが、その計画を壊滅させるために立ち上がるというのが大まかな流れ。
ヨーゼフ・メンゲレは実在の人物で、あのアウシュビッツで残酷な人体実験を行った責任者として戦犯に指定され、この映画の公開時にはまだ逃亡中だったので(翌79年にブラジルでの死去が確認)、設定としても実にリアルだったのだ。
さて、そのメンゲレの企みとは、戦後、養子あっせん所を通じて世界各地に送り込んだ94人の嬰児が14歳になった年に、その父親を殺していくというもの。
なぜそのようなことをするのかという謎解きもストーリーの大きな柱となっている(以下ネタバレ注意!)。
実はその94人すべてがヒトラーの細胞を人工授精させて生み出された、いわば”ヒトラーのクローン・ベイビー”であり、メンゲレが目指すのは複数のクローン・ヒトラー(外見も資質も)を中心とするナチスの復興だったのである。
しかし、クローンとはいえど、性格形成には外的な環境要因が大きく作用する。実際のヒトラーは14歳で父親と死別したという経歴があるので、その外的環境をもヒトラー本人に合わせるべく、ネオナチ・グループに父親殺しを指示していた・・・というもの。


で、冒頭のシーンだが、自転車に乗ってるおじさんはグラートベック(映画字幕ではグラッドベックとなっていたがドイツ西部の小都市)在住の郵便局長のお父さんで、この10秒後に車に引かれ絶命する。彼こそ、最初に殺された父親だったのだ。

こんなドイツっぽい作品なので(ま、メンゲレもネオナチも、みんな英語で話すのだが・・・)、
GLASHUTTE ーーーという文字をみて、つい写メしてしまったのだ。




さて、GABLER GLASHUTTEとは?
「ガブラー」が、最初は地名を表すのかと思い、グラートベックを通過する鉄道かなにかがグラスヒュッテと通じていた事実を探したのだが、この映画は1978年製作で、当時のグラスヒュッテはまだ”鉄のカーテン”の向こう側だったことを考えると、やはりそれは有り得ない。
グラートベック - グラスヒュッテの調査に3~4時間くらい費やしたが成果なし。。。。


んじゃ、まんま訳して、
”ガブラーのガラス小屋” とかっていう、倉庫か工場の名前かぁ??

確かに、画面に映ってる木箱にはガラスの瓶がいっぱい入っていたので、
たぶん、その線だろう・・・というのが結論。



ま、グラスヒュッテ調査は徒労に終わったが、映画自体は40年も前にクローンという概念を前面に出した、かなり画期的なSFスリラー。
しかも2大スターの競演。なのだが、すでにどちらもご老年なので、ラストの格闘シーンなども、引っかいたり、噛みついたりと(笑)、21世紀のアクションを見慣れてしまった皆さまには、なかなかにレトロな刺激がいっぱい(笑)。




興味を持った方は、ぜひDVDでどーぞ。




















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by A-LS | 2016-05-27 02:11 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

上海のセイコーウオッチ現地法人でオフィス殺人


日本ブランドの雄として、最近とみに世界各国で注目を集めているSEIKOだが、セイコーホールディングスが全額出資しているセイコーウオッチ内が上海市内に置いている現地法人のオフィス内で、今年の3月28日、58歳の中国人従業員の男が管理職の33歳の中国人女性の腹部を切りつけて死亡させ、近くにいた29歳の中国人女性にも顔面や腕などに大けがを負わせるという事件が発生。

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http://www.tachibana.asia/?p=11141

さすが中国、リアルな写真が載る。

http://www.sankei.com/premium/news/160521/prm1605210006-n1.html

最近、産経新聞にこのような事件が企業に与える余波についての分析記事も・・・。




世界進出にもいろいろ大変なリスクが多いようだが、
心情的には、ジャパンブランドは応援したい。











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by A-LS | 2016-05-25 03:20 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

大空の防犯&募集



先日、ネット・ニュースなどでこんな事件が報道された。



「機内で手荷物から26万ドル盗まれる。香港行きフライトで」
(参照記事→) http://www.bbc.com/japanese/36189927

香港警察によると、ドバイから香港に到着した39歳男性が2日、フライト中の機内で約26万ドル(約2800万円)相当の現金と貴重品を手荷物から盗まれたと被害届を出した。
調べによると、男性は時計2個と外貨を奪われたという。

地元メディアによると男性はトルコ人の時計商で、ドバイからエミレーツ航空のエコノミークラスに乗って2日に香港に到着した。

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エミレーツ航空の広報担当はBBCに対して、「警察と緊密に提携し、捜査に協力するため情報を提供している」と話した。捜査中の事案のため、これ以上のコメントはしない方針という。

昨年12月には南アフリカ航空の乗客が、機内で眠っていた間に1800ドル(約20万ドル)相当の金品を手荷物から盗まれたと被害を届けた。南アフリカ航空は今年1月、機内窃盗の関連で特定の乗客をブラックリストに加えて搭乗を拒否した。

機内で眠る乗客の手荷物を狙った窃盗被害が増えているとされており、組織犯罪が関わっているのではという指摘もある。

(英語記事 Hong Kong: Passenger 'loses $260,000 in mid-air theft'



盗まれた時計がどこのモデルだったのか気になるところが、
被害者が時計商だっただけあってかなり高額な時計だったことは間違いないようだ。

だが他人事とも言えないのは、海外での展示会などに参加するときには、けっこうな時計を複数個持って飛行機に乗ることって意外とあったりするのでは、と思うからだ。
A Blog To Watchもこの事件に言及して、香港警察が発表している香港行の航空機内での窃盗の年間データを掲載した。

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こうした犯罪の大半は手荷物のとうなんで、たとえば就寝中などが狙われやすいのだろうが、A Blog To Watchでは、防犯グッズも提案していた。

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鍵とチェーンで密封&固定できるバッグと(画像上段)と、(画像下段)完全にロックできる時計ケース、などがそれ。







いま作っている新しい時計サイトでは、ゆくゆくにはなるだろうとは思うけれど、
こういう時計関連グッズなども扱っていけたらと思っている。



















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by A-LS | 2016-05-14 00:05 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

勝訴!!


知的財産高等裁判所が、特許庁の無効判断を取り消し、商標の登録は有効とする判決を出す!!

http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20160413-00000077-nnn-soci


良かった、ね。

”センス・オブ・ユーモア”、”パロディ”、”剽窃”、その境界は時に非常に微妙ではあるが、でもそれらをいかに上手く・巧みに・豊かに味わえるかが、その国の文化のバロメーターでもあると思っているので、今回の判決には共感する次第である。




ところで、フランク三浦と言えば、
吉祥寺の超人気肉店「肉山」とのコラボレーション「肉ㇾイージー・アワーズ」などが有名だが、

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本日はその「肉山」さんに一言申し上げたいw


4月14日から20日まで、肉山さんは新宿高島屋の催事「美味コレクション」のイートインコーナーで、「赤身牛カツ重」というメニューを提供しているのだが、これがちょっと残念。通常、食に関してはココの時計ブログでは扱わずに別所でコメントしているが、今回はフランク三浦さん勝訴つながりで、あえて記す。

このイートインでは、この肉山さんと、先日NHKの「プロフェッショナル・仕事の流儀」でも紹介された焼き鳥の匠、池川義輝さん(目黒の予約の取れない焼き鳥店「鳥しき」)の「親子丼」の2メニューのみなのだが、その出来栄えには圧倒的な違いがあった。


下の画像、上段が高島屋のチラシ写真で、下段が実食させていただいたお重(左)と丼(右)。
ま、なにぶんスマホしか持っていなかったためちょっと美味しそうには撮れていないかもしれないが・・・。

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チラシ画像の肉山さんはカツを切った後に、カット面を見せるようにした上で、お重の全面に配されているが、実物は斜めにカットしたカツをずらしながら盛り付けたもの(つまり肉そのものが薄い)で、見本とは明らかに異なるうえに、お重に対しても60%程度の分量しかない。しかも致命的な点は、お世辞にも”やわらかく食べれる”お肉ではなかったことだ。
それに対し「鳥しき」池山さんの作品(あえてそう呼びたい!)は、チラシの画像以上に鶏肉が使われ、さらには御汁に香の物までついていた。肉質、柔らかさ、とじた卵とあと掛けされた黄身とのバランスなども素晴らしく。タイプ的には「鳥つね自然洞」に近いが、味・食感などは間違いなく鳥つね自然洞」以上であり、焼かれる鳥の身になり、とことんまで自分を追い込んで仕事を極めんとする池川さんの面目躍如たる逸品だった。

前述したNHKの番組では、この親子丼の誕生までもドキュメントしているので、興味のある方はぜひ再放送をご覧いただきたい。
http://www.nhk.or.jp/professional/2016/0411/index.html

「肉山」「鳥しき」どちらも二カ月先まで予約がいっぱいの繁盛店だが、庶民感覚のわかる両店が、ことデパート催事に関してはまったく取り組み方が対称的だったのは驚きだった。
会場にいらしていた池山さんご本人も挨拶したが、背筋をピンと綺麗にお辞儀する姿は、仕事の姿勢にも通じる美しい所作であったし、食後に会場にいたスタッフにお店で出す「親子丼」との違いを訪ねたところ、実に明快な答えをいただけて、たいへんに感銘を受けたことも付け加えておく。



時計も、料理も、それを極めた職人・マイスターの人生哲学を突き詰めると、非常に似た表現で語られることが多い。うん、そう思う。



なんだか、フランク三浦勝訴つながりから、
肉山~デパート催事~焼き鳥~NHKまで行ってしまったが、ま、たまにはこんなのもいいかな、と(笑)。





















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by A-LS | 2016-04-14 23:26 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

日本の物づくり~真葛焼・宮川香山とランゲ


幕末から明治初頭、多くの日本人が己を捨て、祖国・日本のため全力で生きた時代があった。
ひとつ間違えば清や他のアジア諸国のように欧州列強に呑み込まれたかもしれない時代に、軍人として内戦を戦った者、政治家として国を開いた者、中には海を渡り欧米の知識や技術を学習・取得し、経済人や、教育者や、科学者や、あるいは芸術家として、祖国の近代化や文化的発展に寄与し、国家としての日本の基礎を作り上げた者たちもいた。

その近代化への献身は、工芸家や職人たちにもおこった。
工芸の多くが藩やお殿様の庇護のもとにあった江戸時代が終わり、その主な消費者層であった武士階級が消え去った後、そこに生まれ・発達した明治の工芸は、ある意味、最も壮絶で壮麗な発展を遂げたとも言える。なぜならば、それらの多くが海外輸出という未知なるステージに直面しつつ、その中の幾人かは、海の向こうの顧客を驚嘆させるほどの、まったく奇跡的なまでのハイレベルに昇華していったからだ。

時間があったら、ぜひネットなどで調べて、画像だけでも見て欲しいのだが、
七宝焼の”ふたりナミカワ”、並河靖之と濤川惣助。金工の正阿弥勝義、加納夏雄、海野勝眠ら。漆工・蒔絵の柴田是真、白山松哉、赤塚自得ら。自在置物の高瀬好山、明珍一派らなど、それぞれが想像を絶するほどの手間と研究の末でなければ決して生まれ得ないはずの、究極の完成度を持った工芸が一斉に開化し、欧米人を感嘆させ、まだ輸出品に乏しかった我が国に多額の外貨をもたらした。

よって、それら作品の多くは海外に流出しており総合的な研究がなかなか進んでいなかったが、近年になってその”超絶技巧”が注目され、ようやく展覧会なども開かれるようになってきた。それらの実作品の完成度を目の当たりにするとき、戦後日本の高度経済成長をも支えた”日本物づくり”の根源が、まさにここにあると感じられるのではないかと思う。

中でも、単体の展覧会が頻繁に開かれ常設展もあるほど、高い評価と人気を得ているのが宮川香山。真葛焼を考案した陶工であり、今年に入ってからだけでもすでに2回の展覧会(2月の三越ギャラリー、3月から4月上旬まではサントリー美術館)が開かれている。


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上の画像は、その今年の二つの展覧会のポスターである。
ともに代表作が掲載されているが、陶製の壺に単にフィギュアを載せた焼き物などという単純なものではない。

欧米で人気が高かった薩摩焼を超えるために案出されたとされる真葛焼は、金を厚く盛っていた薩摩焼の輸出は金の流出につながることから(金保有量の減少は当時の金本位制に在っては国益を損なうとされ)、金に代わって陶器表面を彫刻や細工によって盛り上げる独創的な浮き彫りの研究からはじまり、ついには緻密な造形とを組み合わせる「高浮彫」をその特徴としている。

マイセンのフィギュアなどはあらかじめ絵付けや焼成を想定して塑造と鋳型を組み合わせていくが、真葛焼は出来上がりの完成度を最優先とするため、製造過程にも合理性を優先するような妥協がまったくない。

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※褐釉高浮彫蟹花瓶(明治14年=1881年)。平成14年に近代の陶磁器としては日本初の重要文化財に指定された。
重なる2匹の蟹のリアリティーには息をのむ。

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例えば、造形物にも徹底的なリアリティーを追求しているため、造形物の素地と他の部分の素地とでは厚みが全然違う場合が多い。その場合、焼成の際の収縮率も微妙に異なるので、ゆがんだり、気泡が破裂したり、バランスが崩れたり、発色に失敗したりする。これらを克服するためには、実に難しい焼成技術が必要とされる。
もちろん焼成だけでなく、実に均整のとれた成型の技術、陶器表面の緻密な細工や彫りの技術、絵付けと発色の技術、そして本物と見まごうばかりの造形物の製作技術、作品のテーマ性や意匠など、宮川香山があみ出した様々な高度技術が、ひとつの焼きものに傾注されているのである。


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後年は陶器から磁器へと幅を広げ、青磁や釉下彩による名作も数多く残している。
わたしがこの焼き物に魅かれるのは、見た目の完成度とインパクトによるものも当然あるが、ここに日本人の真面目さ・器用さ・ストイックさ、オタクさ(研究熱心)、発想力、集中力、技術革新力、発明力など、かつて世界を席巻した”日本物づくり”の典型的な”こだわり”要素が詰まっていると思えるからかもしれない。
だが案の定、ここまでの独創性は継承にむかず、真葛焼は初代香山から三代で途絶える。


さて、当ブログが時計のブログであることはご存知の通りで(笑)、ここでランゲと真葛焼の面白い接点について触れておこう。


真葛焼だけでなく、こうした高級工芸品や先端技術の存在を、テレビもネットもないこの時代の人々はどのように周知・宣伝したか想像できるだろうか?

最も有効な手段は、万国博覧会への出品であり、そこで賞を獲ることであった。
当時の万博は、審査員が優秀と認めた出品作品に一等から三等までの順位を付けて表彰し、その証として金・銀・銅の杯やメダルを授与していたのだ(これが今のオリンピックのメダルに繋がった)。
万国博覧会の始まりは1851年のロンドン万博とされる。実はランゲ&ゾーネ(当時はA.ランゲ)とパテック・フィリップは、この第一回万国博覧会でともに金賞を受賞しているのだ。このロンドン万博に出展した竜頭巻き機構付きの薄型懐中時計をヴィクトリア女王に絶賛されたパテック・フィリップは、女王にペンダント・ウォッチを献上したことで一気に名をあげ、ヨーロッパの王侯貴族の間に流行していったのは有名な話。

この真葛焼も、世界から注目される契機となったのは、1876年(明治9年)のフィラデルフィア万博での銅賞の受賞であった。
同じくこの万博でランゲは金賞を受賞。つまり、真葛焼とランゲ懐中がこの万博期間、同じ空間に存在したわけで、以後四半世紀にわたって、ランゲと真葛焼は万国博覧会の常連として切磋琢磨していくのである。


以下、万博ごとのランゲと真葛焼の受賞歴をまとめてみた。


                 ランゲ        真葛焼

1878(明治11年) パリ      受賞なし        金賞 
1879(明治12年) シドニー     金賞         金賞
1880(明治13年) メルボルン   金・銅賞        金賞
1883(明治16年) アムステルダム  銀賞         銀賞
1888(明治21年) バルセロナ   受賞なし        銀賞
1889(明治22年) パリ      受賞なし        金賞
1893(明治26年) シカゴ     金・銀・銅賞      金賞 
(このシカゴ大会では、二代目宮川香山が渡米して表彰式に出席、本人自らががメダルを受け取った)

ここまでを見ると、ランゲよりも真葛焼のほうが、非常に安定した高い評価を欧米で獲得していたことがわかる。


さて、
こうして迎えたのが、1900(明治35)年のパリ万博である。

※下の画像は、パリ万博の遠景とエミール・ランゲ作の「100年トゥールビヨン」
 
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この年の万博からランゲ&ゾーネは出展側ではなく、賞を決める国際審査団の一員となり、名誉職としてアドルフ・ランゲの次男であるエミール・ランゲがその任を務め、自らは有名な100年トゥールビヨンを展示した。一方、このパリ大会で真葛焼は大賞を受賞し、一等金杯を二代目香山が受け取りに渡仏している。

つまりこの1900年万博では、エミール・ランゲが真葛焼を審査し(大賞に認定し)、その結果、
エミール・ランゲと宮川香山(二代)が、授賞式で同席したことはほぼ間違いないのである!  そんな情景を想像するだにマニアックに興奮するのだ!!(笑)



追記でもうひとつ、真葛焼とランゲの不可思議な因縁を。
第二次大戦中の1945年、まさにドイツが降伏したその同じ日の昼に(降伏文章調印が23時01分)、グラスヒュッテは連合軍の空襲を受けてランゲの時計工場も灰燼に帰したという皮肉な話は有名だが、真葛焼の工房があった横浜も、ランゲと同じく1945年5月に空襲を受けている。
グラスヒュッテ空襲から間もない5月27日の横浜大空襲である。
その際に工房と窯そして3代目香山の自宅も罹災し全焼、3代目とその家族・職人あわせて11名の尊い命が失われた。
疎開していて難を逃れた3代目の弟、智之助が、戦後に4代目宮川香山を名乗り窯の再興を試みるが、真葛焼の復興はついに叶わず、4代目の死をもって真葛焼と香山の名は途絶えたのである。
戦災と東独の支配を逃れたランゲ家の4代目ウォルター・ランゲが執念をもって復興に取り組み、ついにそれを成功するのとは対照的な結果だが、主要な職人とともに技術そのものを失ったのことは痛恨の極みであったろう。



日本とドイツの物づくりには共通点が多いとよく言われる。
これは私見だが、だいたい60~70%くらいは重なるが、まったく相容れない正反対の部分も確実に数%あったりもすると思う(笑)。
なので、ここで日本物づくりの一例として真葛焼を紹介したように、(いつになるとは言えないけれど)これから先の何回かで、ドイツ・ブランドを通して見る日本とドイツの物づくりについて、少し掘り下げてみたいと思っている。








なお、サントリー美術館での「没後100年・宮川香山」展は4月17日までやっており、写真撮影が可能なセクションなどもあるので、興味のある方はぜひ現物をご覧になっていただければと思う。



















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by A-LS | 2016-03-10 06:43 | 雑記 | Trackback | Comments(0)