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ツァイトヴェルク・ミニッツ・リピーター考察【しかもまだ前編(笑)】

先日の「Klub Lange #6」で話したランゲ新作の総括について、このブログでもまとめておこうかなと思い立ったのが運の尽き・・・。
書けども書けども終わらずで、これはまぁ、とりあえずの「前編」です。

以下は、ブランドから発表されている基本資料と、SIHH期間中に開発陣・経営陣から個人的に得た情報・知識を下敷きにまとめたもので、あくまでも自分なりの見方・感想であり、正確性よりも思い込み性の比重が高い考察でありますことを、予めご承知おきください。


では最初に、
「ツァイトヴェルク・ミニッツ・リピーター」に関して書きます。


ここでまず押さえておかなければならない点のひとつは、これが「ランゲ&ゾーネ初のミニッツ・リピーター」であるというところです。
一昨年にグランドコンプリケーションという大作がありましたが、あそこにはソヌリ機能も搭載されておりましたので、やはり今回のリピーターが“ランゲ初のミニッツ・リピーター”ということになります。

詳細には触れられませんが、復興から20年もの間ランゲがただの一度もリピーターにトライしなかったということは、普通に考えてもあり得ないことでしょう。
風聞では、過去にいくつかのリピーター・プロダクトが陽の目を浴びることなく葬られた(そのうちのひとつは発表寸前の段階にあった!)らしいこと、そしてその理由は、主にそれらが「ランゲらしいリピーターではない」という判断からだったなどと言われています。

では、ここで言う“ランゲらしさ”とは何でしょう。

いわゆるミニッツ・リピーターは、1783年のブレゲの発明以来、その原理という点ではさほど進化はしていません。
発表の瞬間からインパクトを放ったランゲ1やダトグラフのように、確かな革新性を伴った高性能時計を世に問うという姿勢でその歴史を歩み始めたランゲ&ゾーネが、250年近くも前の使い古された原理に基づくリピーターを、ただ単に出すだけであるならば、それは「ランゲらしくない」という判断があったのだと思われます。

そこでまずランゲが選択したのは、歴史的なリピーターを進化させること、すなわちリピーターという機械が抱え続けてきた”弱点”を改善するという発想だったと想像するのです。つまりそうしたアプローチによって製作された時計であれば、そのリピーターはおのずと革新的で「ランゲらしいリピーター」となるに違いないからです。


それがまず、以下に挙げる3点の克服と革新だったのではないでしょうか。

すなわち・・・

①「防水性の確保」。
スライダーで巻き上げる形が多いリピーター動力は、スライダーという構造上、ケースサイドに空間が生じ、生活防水すら困難ですが、まずそれを10時位置のプッシャー式にして(思えばこれは「グランドコンプリケーション」でも実験ズミでしたが)、4M防水を実現しました。


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②「デシマル・リピーター」。
360度の円形文字盤を4分割した15分単位でゴングを組み合わせて10分の位を告げる、今となってはややわかりにくいという弱点でもあった伝統的なリピーターの時打ちに対し、デジタル表示されている時間を、時・10分の位・1分の位の順にゴングを打つデシマル方式を採用したことで、誰もが簡単に、感覚的に時間がわかるリピータとなっています。

開発部トップのトニー・デ・ハースは言います。
「文字盤も針もないツァイトヴェルクのリピーターを考えた時、デシマルはごく自然な発想だった」。

工房主任ティノ・ボーベも
「どこにもないリピーターという観点からデシマル・リピーターに着目し、結果としてそれを搭載するのはツァイトヴェルクが最適だった」

と、ランゲの“開発2トップ”は出発と着地を入れ換えて語ってくれましたが、昔からランゲには“偶然から生まれた美しい必然”を理想的なストーリーとする傾向がありますので、ここは両人の両説を「はいはい」と受け入れておきましょう(笑)。



③「リピーター起動時にリューズ操作が規制される」。
想像してみてください。リピーターが鳴っている最中に、リューズを引き上げて時分針を動かしたり、起動用プッシャーをもう一度押すとどうなるかを(笑)。作動したリピーターはギアの位置から”時分”を読み取ってハンマーを打ちますが、その最中に基盤となっていた”時分”を動かしてしまうわけですから、普通であれば重篤な故障が引き起こされ、かなりの確率で時計は本国送りです(笑)。
このような恐ろしいプレイによって、”どういうことが起こるか”を現行のリピーターで試した方はほぼいないとは思いますが、実はこういう箇所も、古来からリピーターの弱点ではありました。
しかしこのランゲのリピーターは、それが作動すると同時にリューズと主動力の輪列を強制的に切り離すことで、この問題を解決しているのです。

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【3/1付追記】至極当然ですが、リューズが引かれた状態では逆にリピーターのプッシャーがロックされ、起動不能となります。


もちろん、上に挙げた①~③を個々に見れば、ランゲ以前にもいくつかの先例はあります。しがし、2世紀にもわたって引き継がれたリピーターの大きな弱点を一気に3つとも改善した時計は過去にも例がありません。その点からも、「ランゲらしいアプローチを持つ、比類のないリピーター」という、かなりハードなアウトラインからスタートした時計の着地点が、このツァイトヴェルク・ミニッツ・リピーターだったと思えるのです。


実はこの時計の開発段階で、ランゲは6つもの特許を取得しています。
そのうちの3つが上記の②~③に関連するもので、すなわち、「リピーター作動中に輪列を切り離す仕組み」と「その際に作動するギアとラチェット(空回りする)・ホイール」で計ふたつ(註:ドイツ語と英語のやりとりだったため具体的な詳細は異なる可能性もあるかもしれません)。さらに「デシマル・リピーターに関連するもの」でひとつです。

そして、残る3つの特許を吟味していくと、このリピーターの特性は、より一層際立ってくるのです。

まずは、「See it, Hear it(=見たままに聴こえる)」機構に関する特許です。
デシマル・リピーターも似たようなニュアンスを持っていますが、この特許の意味するものは、作動したリピーターは常に時計の表示時間分のゴングを打ち、もしその際に表示時間と実際時間のずれが出たとしても、リピーター終了後にディスクが瞬転してそれを修正するというものです。
たとえば、12時59分50秒くらいにリピーターを作動させた場合、鳴らされる音は低音が12回、重音が5回、高音9回で、ハンマーがゴングを打ち終わるまで20秒以上かかります。つまり、リピーターの作動中に、時間は確実に1時00分となってしまうわけです。
その時、この賢い機械は、鐘を打ち終わるまでディスクの動きを止めて待っているのです。しかしその間も秒針はずっと動き続けていて、ゴングが鳴り終わった瞬間(この例で言うと、たぶん1時0分13秒くらい)に、ディスクが瞬転して時分を合わせ、時計の精度を落とさない仕組みになっています。こうしてどんな場合でも、表示時刻とリピーターが奏でる時刻は一致し、常に“見たままが聴こえる”という特許です。


続いて5つ目の特許・・・。
実はこれが、本作リピーターのなかなかに微妙な問題を浮かび上がらせるのですが…、そのことに触れる前に、まずこの時計の外観を見てみましょう。
径は44.2mm・厚みが14.1mm・PTケース。重量(ベルト、バックル込)約175g。

これらの数値はベースキャリバーを同じくする、このリピーターの前身機ともいえるツァイトヴェルク・ストライキング・タイムとほぼ同じです。
いくらリピーターとはいえ、45mmを超えることは避けたかった。できればストライキング・タイムと同じ程度の大きさに抑えたいという、その判断は正解だったと思います。
しかしその結果、開発陣は大きな犠牲を強いられます。
根本的なスペースの不足という難題の中で、リピーター機能に独立した動力を与えることを断念せざるを得ず、ツァイトヴェルク・ミニッツ・リピーターは主動力からのトルクを得て作動する機構になっているのです。

その結果どういうことが起きるかと言いますと、主動力はフル巻き上げで36時間のパワーリザーブを持っていますが、しかしユーザーがリピーターを鳴らすたびに、主動力のパワーを喰っていきますので、その残量はどんどん減っていくことになります。たとえば最も多くのゴングを打つ12時59分の鐘を鳴らした場合、パワーリザーブで言うと2時間分に近いトルクが一気に放出されてしまうのです。
もしもユーザーがリピーターを頻繁に鳴らしてパワーリザーブがゼロになってしまったとします。万が一、その動力切れがリピーターの作動中に起こった場合、リピーターは途中で停止することになりますが、この複雑機構にとってそれは非常に危険な事態で、おそらく致命的な故障の原因となります。

古来のリピーターはスライダーによって起動する別動力で動いているものが多いうえに、どんなに場合でも、リピーターは完全に鳴るか(オール)、全然鳴らずにリピーター動力が解け終わるか(ナッシング)、その2つにひとつの動作しかしない“オール・オア・ナッシング”という機構によって保護されているので、リピーターが鳴っている途中で停止する事態などは、まず起きないのです。(註:停止による故障はないが、“ナッシング”中に、動力が解け切るのを待たずにもう一度スライダーを引いてしまうのが、いわゆる“二度引き”と呼ばれる行為で、それはリピーターの故障原因の上位を占めています…)。

つまり、これは皮肉な話ですが、古来のリピーターの問題点を多数克服してきた「ランゲらしいリピーター」であるツァイトヴェルク・ミニッツ・リピーターですが、革新を求めたがゆえに、古来のリピーターでは解決ズミの“脆弱点”を、新たに抱え込んでしまう可能性が出てきたわけです。

長々とお待たせしました(笑)、そしてここでようやく5つ目の特許である、「パワーリザーブが12時間を切ったら、リピーターは作動しない」という機構が“発明”される必要があったのです。パワーリザーブ残量が12時間地点に付けられた赤いドットを下回った時には、リピーターのプッシャーは反応しないという、おそらくリピーター史上非常に稀な「規制のあるリピーター」時計が誕生したわけです。


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こまめにリューズを巻き上げる必要のあるリピーター時計というものが不便なのか、それとも、使ってみると意外と気にならないものなのか、まだなんとも想像もつかないのですが、ここを欠点として重く見るか、はたまたひとつの機能として評価するかどうかは、個々それぞれで分かれるのではないかと思います。



ただ、ここまでを振り返ってみて、確実にわかることがあります。
それは、ブランド各社が公然と、最も繊細で微妙な機械(言い換えれば”最も故障しやすい時計”)として扱ってきた“ミニッツ・リピーター”というモデルに対して、ランゲが加えた“進化形”は、「防水」にしろ「リピーター作動時のリューズ操作の規制」にしろ「パワーリザーブによるリピーターの規制」にしろ、そのほとんどがリピーターを壊れにくくする工夫であることがわかります。気兼ねなく安心して使えるリピーター。操作上の故障の可能性が考えられそうな点には、あらかじめ規制をかけるなど、先回りした対策が施されているリピータなのです。
これは流麗なデザイン性を重視するスイスの時計産業のそれとは明らかに異なった、「実用的であること、すなわちそれは壊れにくいこと」という実にゲルマンな、とてもザクソニーな、そして呆れるくらい実直・頑固・職人的なランゲの根源(オリジン)が窺える時計ではないかと思います。


さて、最後に残った6番目の特許…、
それが「ゴングの取り付け方に関する特許」で、ここからようやくリピーターの本分である“サウンド”面のお話に入っていくわけです。



ま、いくらなんでも、ちょっと書きすぎですよねぇ~・・・・(笑)
でもね、あと、これと同じくらいの分量が必要な「ツァイトヴェルク・ミニッツ・リピーターのサウンド面の考察」という草案は頭の中にありますし、
いや、むしろ「新生ランゲ1はなぜ凄いのか」を先に書きたいし、そうは言うものの、実はグロスマンの新世代モデルについても「書く」と言ったきりまだ書けないままひと月近く経ってしまっているし・・・。他にも紹介したい時計だってある・・・。
今も決して暇でもないのに、何のためにこんなに書いているのか、ふとわかんなくなってたり(笑)・・・・、なんかねぇ悩ましい今日この頃・・・。



で、そろそろツァイトヴェルク・ミニッツ・リピーター「前編」の締めくくりですが、じゃあ、わたし自身はこの「リピーター」をどう思うかと言えば、認めてはいるものの、最終的な評価は“リピーター音”の出来栄え次第と考えています。
その意味では、SIHHで実見した機械がまだプロトタイプであり、シュミットCEO自身も、
『このモデルの初号機がユーザーにデリバリーされるまで、まだいくつか音の面での取り組みが残されている』
と、言っているわけなので、早く製品版のサウンドを聴きたい、最終結論はそれからとなりますね。



そして最後に触れとかなきゃならないのは、けっこう大きな問題である価格(ドイツ価格44万ユーロ)に関してですよ(笑)!

――さまざまな機構を持つリピーターであっても基本的には時間表示と時打ち機能という、いわゆるシンプルリピーターであって、その点では他のどのコンペティターの時計よりも高額ですよね?
と、シュミットCEOにその点の疑問をぶつけてみましたところ、以下のような回答を得ました。

『この時計は、わが社の中でも常に不足気味の資産である“最上級クラスの時計師”を独占していました(笑)。加えて、他のコンペティターのリピーターは昔ながらの同じ原理に基づいていますから、ツァイトヴェルク・ミニッツ・リピーターには、他に比べるものがありません。つまり、ある意味これは“ユニークさ”という価値へ対する価格なのです』

一級の時計師という人件費、そしてユニークな新機構、この高価格はその対価であるという、まぁ想定内の回答ですが、であるならば、サウンドの質がより重要となってくるわけで、これについてはまた次の機会「ツァイトヴェルク・ミニッツ・リピーター【その後編】」にてまとめたいと思います。

それがいつになるか自分でもわからないけれど、それよりも先に「新生ランゲ1」書かなきゃです(笑)!!!








では、おやすみなさい。








※註:為替が不安定なこともあってか、3月1日からの価格改定においても、このモデルのみ日本価格がユーロ建て(税抜37万ユーロ)の表記となっています。
しかし次の(通例は秋の)価格見直し前にこのモデルがデリバリーされる可能性はほぼないので、その頃の相場状況によって円建て価格を決めるのではと思います。









by A-LS | 2015-02-26 23:35 | ランゲ&ゾーネ