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ドイツ時計の本気

ランゲ&ゾーネを筆頭に、グラスヒュッテ・オリジナル、ノモス、Wempe、グロスマン・・・などなど、ドイツ時計を洗練させる高級ラインを発表しているブランドに牽引されたかのように、グラスヒュッテをベースとする中小のブランドにおいても、高級ラインの発表が相次いでいます!



まずは、Mühle-Glashütte(ミューレ・グラスヒュッテ)から、
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ランゲやGOにも先例のある、マリン・クロノメーター・フェイスで、その名も「Robert Mühle&Sohn Auf/Ab」。「Auf/Ab」は英語にすると、ランゲでおなじみの「Up/Down」、そして「・・・&Sohn」という表記もいろいろとお馴染みですが、これらはドイツの慣習的な用例でして、別にパクリではありません…。
上の画像、左はSS、右がPGケース。


ミューレ社の歴史は、ロベルト・ミューレが家族経営による計測機械メーカーをグラスヒュッテに設立した1869年まで遡ります。
つまりミューレは時計メーカーではなく、時計産業が盛んになりつつあったグラスヒュッテで、時計の制作には欠かすことのできない(部品や部材をコンマ100ミリ単位で計測する)測定機械や精密機器メーカーとしてスタートするわけです。
そして第二次大戦後、ランゲなどと同様に半国営化されますが、時計ブランドではなかったためGUBへの統合は免れ、しばらくミューレ社として存続します。
最終的にGBUに統合されるのは1972年のことですが、東ドイツの解体とともに創業一族のハンス・ユルゲン・ミューレ(東ドイツ時代の1969年に社長に就任し、GUB統合後は輸出部長としてGUBに残った)によって、1994年に計測機械メーカー、ミューレ・グラスヒュッテとして復活、高性能のクロノメーターを発表しつつ、1995年からは「時計も計測器のひとつだ」という名言とともに腕時計の分野にも進出します。

つまり今年は復興20周年(創業からいうと145周年)に当たる年なので、創業者のロベルトの名を冠した渾身の時計を発表したわけです。
径44mm。56時間のパワーリザーブ。PGケースは20個限定で16,000ユーロ。SSは145個限定で6,900ユーロとなっています。

このミューレ社は、いわゆる「グラスヒュッテ・マーク問題」でも有名になりました。
あまり知られていないかもしれませんが、実はグラスヒュッテにも、ジュネーヴ・シールに似た、いわゆる”グラスヒュッテ・ルール”という規定があります。
それは文字盤に入れられた ”Glashütte/SA”(グラスヒュッテ・イン・ザクセンを意味する)という表記の有無で区別されるのですが、おおまかには、
 ■時計自体が上等な品質で作られ、グラスヒュッテの伝統及び名誉を誇れる商品。
 ■ケーシング、組み立て、精度検査が、全てグラスヒュッテ市内の工房で行われている事。
 ■ムーヴメントを含む時計全体が55%以上グラスヒュッテ市内の工房で作られた時計。
 この他にも、ムーヴメント、ケース、文字盤の仕上げなどに関しても決まりがあり、その全てを満たしてはじめて”ザクセン州グラスヒュッテ製の時計”として正式に認定を受ける事ができるのですが、「ミューレ社のグラヒュッテからの部材調達率って50%以下じゃねぇ~の」と、2007年に、こともあろうに以前に同じ問題で訴訟を起こされた経験を持つ同業のノモスさんに訴えられちゃいます。
で、条文の「時計全体が55%以上」とは部品数の55%なのか、部品容量の55%なのか、部品の仕入れ額の55%なのか・・・など、条文の解釈を含めて裁判で争うことになり一躍有名となりましたが、裁判所の解釈は「グラスヒュッテでの作業が、製造費と人件費合わせて、ムーブメント原価の50%以上であること」ということとなり、結果的にミューレは敗訴し財政的にも大きな打撃を受けますが、創業者一族のティロ・ミューレが5代目社長に就任して立て直しに尽力、ま、波乱万丈いろいろありましたが、現在に至っているというわけです。(笑)。

もうひとつ限定モデルがあります。
「The Robert Mühle Kleine Sekunde」("Kleine Sekunde"はスモールセコンドの意味のドイツ語)。
それがコチラです!
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このグラスヒュッテ様式に基づいた自社ムーブ(5分の3プレートを採用したのだそうです)にも、本気度がうかがえます!!

こちらも44mm径、56時間のリザーブで、ミューレ社独自のウッドペッカー・ネックという緩急針に、テンプ受の板にエングレーヴ仕様。
SSケースで限定数は145個となっています。




続いて、
1983年創業の、通常はミリタリー・ウォッチのブランドとして知られるTUTIMA(チュチマ)社の「Patoria(パトリア)」も、発表自体は昨年ですが、グラスヒュッテへの郷愁から生まれた伝統的ラインの作品なので、ここで紹介しておきます。

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コチラが自社ムーブの画像。伝統的なクラスヒュッテ様式である4分の3プレートを採用しています。


チュチマ社の歴史もグラスヒュッテから始まります。
1926年、法律家Dr.エルンスト・クルツの呼びかけで、アドルフ・ランゲが育て独立させた職人など、グラスヒュッテのいくつかの小規模な工房を再編・合併した共同時計会社が作られます。そして、それらを母体として、翌27年に2つの新会社「グラスヒュッテ時計ベースムーブメント工房株式会社(UROFA社)」と、「グラスヒュッテ時計工房株式会社(=UFAG社)」が設立されます。
第二次大戦下に、フリーガークロノグラフのベース・ムーヴとなるキャリバー59を開発したことでも知られますが(UROFA社)、対戦が終了してグラスヒュッテが東ドイツ占領下となる直前の1945年に、Dr.クルツとUROFA社・UFAG社の幹部は西ドイツに移りクルツ社とNUFOFA社を設立、ブレーメン近郊のガンダーケッセを拠点に再びムーブメントと時計の製造・開発を始めます。
1960年にDr.クルツが引退するとオリジナルムーブメントの製造は中止されますが、ディーター・デレカーテがNUFOFA社の名称を引き継ぎ、他社ムーブを使った時計製造を継続。70年代のクォーツショックをも乗り越え、1983年、社名をTUTIMA(チュチマ)社とし現在に至ります。
この「TUTIMA」という社名は、グラスヒュッテ当時のUROFA社・UFAG社が製作した最高精度の時計に、ラテン語で「精密な」を意味する形容詞”tutus”に由来する「TUTIMA」という商号を付けていたことによります。

そして、2011年5月、本社機能を”創業の地”グラスヒュッテへ移転し、念願であった帰郷をついに果たします。ようやく戻ってきた”故郷”ということで、この記念時計は、ラテン語で「故郷」の意を持つ単語、「パトリア」と命名されるわけです!! (良い話だぁ~~感涙)。
「パトリア」は、チュチマとしては初の自社製作ムーブメントを採用し、細部にまでこだわりを貫いた、まさに原点回帰の作品なのです!!!


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上の画像、左が「Patria Small Second」、右が「 Patria Dual Time」。ともに43mm径・PGケース。65時間のパワーリザーブ。




ま、オリジナリティー的な部分など、いろいろとご意見や、ツッコミどころなどもありましょうが(笑)、こうして、グラスヒュッテ・ブランドが頑張っていくのは良いことだと思います。


これはもはや夢物語ですが、いつの日にか、ランゲ&ゾーネやグラスヒュッテ・オリジナルなど、グラスヒュッテの全ブランドが連合して、スウォッチ・グループやリシュモン的な連合体を作って、本当の意味でスイス時計と競い合う構図ができたら、どんなにか素晴らしいだろうと・・・、ま、夢想したりもする今日この頃でした。




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by a-ls | 2014-06-18 15:31 | グラスヒュッテ・ブランド | Trackback | Comments(0)