時計、TOKEI、トケイ・・・
『ドイツ時計に詳しいんだよね?』、と。
まぁ、多少の知識はあると思うけど・・・と答えますと、
『いま購入を考えているドイツ時計があるのだけれど…どう思うか』というメールが、画像とともに送られてきました。
マイスターアートという会社のもので、
「世界限定100本の希少な手巻き時計」 と銘打たれておりました。
某カード会社の小冊子に掲載されていたのが目にとまったということで、写真を見ますと、懐中時計風味で、我がリヒャルトのプール・ル・メリットにも似たデザインです。
宣伝文句には「無駄を削ぎ落としたシンプルで機能性に優れたデザイン。文字盤はセラミック調で(エナメル的ってことか?)、かつ凹凸を施し、眩しいほどの白い輝きを放ちます。針には最高級にランクされるブルー針を使用しています」とありました。愛称は「ヒストリッヒ」。
アートマイスター自体は意外とマトモな会社の予感もするけれど
(参考)http://shop.meisterart.net/
2006年からシャウボーグ傘下になったという説もある
続いてスペックを見ますと、
ケース:径4.3×厚さ1.1cm (センチメートル表記かよっ!)
最大手首対応:20cm (二番目にもってくる情報かよっ??)
ケース:ステンレススティール
風防:サファイアクリスタルガラス
バンド:牛革(カーフ) (バンドって!?)
重さ:(約)72g
ジェネリック手巻きムーブメント (ん? ジェネリックとな??)
日差±20秒、日常生活防水
1年間保証書付、ドイツ製
お値段 47,250円
一見リヒャルト!w
気になったのは、ジェネリック・ムーブメントというシロモノ。
“ジェネリック薬品”というのは、最近テレビCM などでもよく聞くけれど、調べてみると原理は同じで、
『特許期間の切れたものを採用することで、安価での供給が可能なムーブメント』だと。
(参考)http://www.8square.net/MS2/2008/02/2010.html
しかも日差±20秒って、最大で3日で1分でしょ・・・、機械式としてはどうなんだろう??
さて、問題は、友人にどう答えるかということです。
最初に浮かんだ心の葛藤はこんな感じ・・・
『自分だったら絶対に買わない時計である。
スペックの書き方もあやしいので、“あまり薦めたくない”というのが第一印象。
しかし、「やめたほうがいいかも、ドイツ時計に興味があるなら、ランゲという最高峰ブランドがある。興味があるなら紹介しよう・・・云々」というわけにはいかない。一般の人に、いきなり100万円オーバーの時計を奨めるのは、新興宗教セミナーの壺の販売並みに、あまりにも浮世離れしている。
でも考えてみると、一般的に4万7千円の買い物というのは、決して安いものではない。かく言うわたしだって、4万円オーバーのもの、たとえば、DVDボックスセットやら、シャツやらをもし買うときは、さすがに考えるだろう・・・。
しかし、わたしが入り浸る機械式時計の世界では、ストラップ(ランゲ純正)でも4万数千円するものが存在するのが現実で、この感覚の違いは、もはや他人には説明のしようがない・・・。
仮にこの限定100本を全部買い占めても472万円余で・・・、フェイスの似たリヒャルトのプール・ル・メリットを買うには、さらにその3倍の出費が必要だなんて、そんなことを正気の一般人に言った途端、どう考えてもわたしのほうが異常者となるに決まっている・・・』
ということで、この自分にとっての“正攻法”アドバイスは即却下・・・。
で、次に考えられるのは、ドイツ時計に詳しい感じからの、他ブランド推薦作戦でしょうか・・・
『やはりこのジェネリック・ムーブメントという機械の評価が、まだ定まっていないのが、なんとも不安である。もしこのデザインに惹かれているのであれば、STOWAというメーカーから出ているマリーンという時計はどうだろう。文字盤の凹凸はないけれど、機械の安定性や修理体制は、ジェネリックより期待できる。
ただし、価格はヒストリッヒの約3倍・・・。あとは、ローマ数字じゃなくなるけれど、ドーンブリュートという時計工房も伝統的なドイツ懐中時計の風味をよく出しているが、価格はさらに高く・・・云々』と、似たようなデザインで50万以下、かつ評価の安定した時計をいくつか推薦するパターン。
しかしまァ、彼が求めているのは、この手のアドバイスじゃないんだろうなぁ・・・。
15万~40万円という、この辺りの価格帯の時計になってくると、購入にはかなりの踏ん切りが必要になってくるのもよくわかるし、それだったらもっと一般に名の通ったブランド、たとえば“オメガとか、グッチやブルガリだって買えるよ”っていうのが普通の感覚かもしれない。
おそらくこの友人も、雑誌でちょっと見てピンときて、“4万円くらいだったら買っていいかな”くらいの気持ちで、“んじゃ、とりあえずドイツ時計に詳しそうなアイツに聞いてみよ~”的な、軽い感じで聞いてきたに違いないのです。
それに対し、ストーヴァだのシャウワーだのミューレだの、と、こちらとしては充分に親切な返信をしたところで、彼は別にドイツ時計の講釈を聞きたいわけじゃないのだ。
それも重々わかってるのです・・・。
結局、迷った末に、わたしの送った返事は・・・
『3年くらいの間ラフな感じで使うんだったらいいのでは。でも、その後にきっとオーバーホールする必要が出てくるでしょうし、もし精度に神経質なら、最初からあまりお勧めしません。もう少し高くなっても長く使えるものがよいと感じているのだったら、いくつか推薦できますよ』と、
つまり『自分では絶対に買わないが、4万ならこの程度でしょう、ま、いいんじゃない』って感じるところの、
“自分では絶対に買わないが、4万ならこの程度でしょう”を省いて、“ま、いいんじゃない”とだけを言わざるを得ないわけです…残念ながら(笑)。
いくら時計の知識があっても、その知識がハイエンド・ウォッチを基準にしている場合、一般的な時計選びにおいてはほとんど役に立たないという現実・・・。詳しくなればなるほどお茶の間の感覚からは乖離していくという不思議な世界…(たとえば5万円以下の時計を自信を持って奨めることなんてありえなくなる)。これって何なんでしょう・・・。
時計とは、言うまでもなく、時間を知るための道具です。この基本的な機能を同じくするのに、ピンからキリまで、価格にこれだけの差がつくものって何か御存知でしょうか?
わたしの人生で一番安かった時計は、香港の女人街で買った300円クオーツでした。しかも1年以上ちゃんと動いてました(笑)。で、(お金さえあれば)買ってもよいとなと思える最高額を、ランゲのスーパー複雑機能懐中のオークション落札価格約1億円とすると、その差はなんと33万3千倍!
これに似た世界って、他にあるのでしょうか?
格差が大きいもの、たとえば住居があります。でも、MAXを10億単位の住宅とすると、33万分のMINは千円台の家…。日本ではないかなぁ…。100円単位のガラス玉と100億単位のダイヤという比較も思いつきましたが、これはたとえるなら、模型の時計と本物の時計の関係のようで、少し違う気もするし…、数百億単位の絵画とそのカラーコピーの関係・・・これも少し違うかぁ・・・。
ともかく、価格から時計を考察すると、これは非常に稀な世界に違いないわけで・・・
この友人からの問い合わせを通じて、今日一日、ちょっと悩んでました・・・
時計って、何なんでしょう・・・